「第二の父」を失う
私の叔父、山本正のお通夜に参列しました。
ただただ残念な気持ちで一杯です。身内ですが、日本はかけがえ
のない偉大な人を失いました。
正は、私の母の妹の夫。血はつながっていませんが、四姉妹の
団結が常識であった親戚関係で、まるでひとつの大家族のような
存在です。
小学二年から大学までアメリカで育った私が帰国し、社会人として
初めて勤めた組織が、正が1970年に設立した日本国際交流センター
でした。そういう意味で、自分に社会への戸を開けてくれた、私に
とって、「第二の父」でした。
年末に、定番のホテル・オークラのオーキッド・ルームで朝食会を
一緒にとりながら、好物のクリスピーベーコンを注文し、癌が肝臓に
転移したことを知らせてくれました。
去年から「センター」の最年少評議員としてお手伝いしていましたが、
年初から急遽、正が入院生活に迫られ、仕事の復帰が困難である
ことが明らかになったので、先月にセンターの最年少理事となり、正が
築いた民間外交のレガシーをセンターの皆さんと共に次代に継ぐため
に努めることになったばかりでした。
この数週間は、意識もしっかりしていたと聞いていたので、油断して
いました。この週末に、正が日本側の事務局長として設立来務めて
いる「三極委員会」The Trilateral Commissionが東京で開催する
全体会議で私が登壇するよう要請を受けていたセッションを経て、
その内容について報告を兼ねて正と来週に会おうと思っていました。
正との最後の面会で握手して「また来ます」と言ったのに、結局、
その約束を果たせなかった自分。
叔母の千代子も4年前に癌で他界しました。千代子と最後に面会
のとき、私の手を握って「ターをよろしくね」と頼まれました。結局、
何も恩返しできていなかった自分。
ただ、救いがあるとすれば、それは長男で喪主の太郎がごあいさつで
述べたとおり、お互いのことが大好きだった二人が天国で再び一緒に
なれたということです。今度は、永遠に。