「僕富論」が支える「国負論」の打破
先週、とある勉強会で浜矩子さんを講師としてお招きしました。
初めて、直接お話しをお伺いしたのですが、早朝から直球の
連続で目が覚めました。
国富論のお話しから入りましたが、講義のしめくくりに、「僕富論」
ではなく、「君富論」の生活を送ること契約してくださいと念を押され
ました。
質疑応答のときに、その「僕富論」を象徴するのは円現預金では
ないか、それが「国負論」を支えているかもしれないが、なかなか
国どころか自分の「境」を超えていないのが今の現状という問い
かけをしました。
私が思う「君」とは、いまの自分という「僕」の境を超えることです。
将来の僕という「君」、次世代という「君」の富のためにも、私たち
一人ひとりが行動すれば、「見えざる手」が必ず働くはずです。